膵臓がん治療に新たな光

2026/06/03

膵臓がん治療に新たな光

2026年5月末、アメリカ・シカゴで開催された世界最大の腫瘍学会ASCO(米国臨床腫瘍学会)年次総会において、膵臓がん治療の歴史を塗り替えるかもしれない臨床試験の成果が発表されました。その結果はリアルタイムで医学誌ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(NEJM)にも掲載され、世界の医療関係者に大きな衝撃を与えています。

早期に日本国内でも承認され、一人でも多くの患者さんに届くことを、一医療従事者として心から願っています。医学は確実に、しかし着実に前進しています。

膵臓がん治療に新たな光:新薬「ダラキソンラジブ」の可能性

膵臓がんは、見つかったときにはすでに進行していることが多く、非常に治療が難しい病気として知られています。これまで、一度化学療法(抗がん剤治療)を行った後にがんが進行してしまった場合、次の治療選択肢は限られており、効果も十分とは言えませんでした。

しかし、最近発表された「RASolute 302」という国際的な大規模試験において、「ダラキソンラジブ(Daraxonrasib)」という新しい飲み薬が、従来の抗がん剤治療と比較して非常に優れた効果を示したことが報告されました。

① がんの「増殖スイッチ」を狙い撃ちする

膵臓がんの90%以上には、「RAS」という遺伝子の変異が見られます。この変異はいわば、がん細胞に「増殖せよ」と命じ続ける「壊れたスイッチ」のようなものです。ダラキソンラジブは、このRAS変異による異常なシグナルを直接抑え込む新しいタイプの治療薬(RAS阻害薬)です。

以前から膵臓がんにおけるRAS遺伝子変異の重要性は分かっていましたが、RASタンパク質は「つるつるした表面で薬が結合しにくい」という特性から、長年「undruggable(創薬困難)」と呼ばれてきました。ダラキソンラジブはその壁を乗り越えた画期的な薬剤です。

② 生存期間を「2倍」に延長

この試験では、以前に治療を受けたことがある転移性膵臓がんの患者さん500人を対象に、ダラキソンラジブを服用するグループと、通常の抗がん剤治療を受けるグループに分け、その効果を比較しました。

生存期間の中央値(全生存期間)

抗がん剤:6.6〜6.7ヶ月

13.2ヶ月

2倍 に延長

がんが進行しない期間(無増悪生存期間)

抗がん剤:3.5〜3.6ヶ月

7.2〜7.3ヶ月

2倍 に延長

腫瘍縮小が確認された割合(奏効率)

抗がん剤:約12%

約33%

約3倍 の患者さんで縮小

※ RASolute 302 試験(Phase 3)結果より

③ 「自分らしさ」を保つための治療

治療において、どれだけ長く生きられるかと同様に大切なのが「生活の質(QOL)」です。この試験では、患者さん自身の報告による評価も行われました。

ダラキソンラジブを服用していた患者さんは、抗がん剤治療を受けていた患者さんに比べて、痛みなどの症状が悪化するまでの期間が有意に長く、全身の健康状態や生活の質をより長く維持できていたことが分かりました。「より長く、自分らしい生活を送りながら治療を続ける」ことができる薬剤として、大きな期待が寄せられています。

④ 副作用について

新しい薬には副作用の心配もあります。ダラキソンラジブで見られた主な副作用は、発疹(85.5%)、下痢(58.1%)、口内炎(53.1%)などでした。これらは皮膚科的なケアや適切な処置で管理可能なものが多く、副作用のために治療を中止しなければならなかった患者さんは、抗がん剤治療の11.2%に対し、新薬ではわずか1.2%でした。

この点でも、ダラキソンラジブは従来の化学療法と比べて患者さんへの身体的な負担が少ない治療薬と言えます。

まとめ

ダラキソンラジブは、膵臓がん治療における大きな一歩となる可能性があります。特に、これまでの治療で効果が不十分だった患者さんにとって、「より長く、自分らしい生活を送りながら治療を続ける」ための新しい希望になることが期待されています。

今回の結果はASCOのプレナリーセッション(最重要演題)で発表され、同日NEJMにも掲載されるという、医学界でも最高ランクの評価を受けています。現在は一次治療(初回治療)への応用を検討する第3相試験(RASolute 303)も進行中であり、今後さらなる展開が期待されます。

膵臓がんはこれまで「最も予後が厳しいがん」の一つでしたが、RAS阻害薬の登場により、その状況が変わりつつあります。医学の進歩は決して止まらない——そのことをあらためて感じさせてくれる発表でした。

参考:Revolution Medicines プレスリリース(2026年5月31日)、ASCO 2026 Plenary Session LBA5、New England Journal of Medicine(2026年5月31日掲載)
※本コラムは医療情報の提供を目的としたものであり、個々の治療方針については主治医にご相談ください。

■ 監修者情報

岸 智(きし さとる)

なかはら内科クリニック 院長

  • 日本内科学会 認定内科医
  • 日本内科学会 認定総合内科専門医(指導医)
  • 日本高血圧学会 認定高血圧専門医
  • 日本糖尿病学会 認定糖尿病専門医
  • 日本循環器学会 認定循環器専門医
  • 日本脈管学会 認定脈管専門医
  • 日本医師会 認定産業医
  • 日本糖尿病協会 糖尿病認定医
  • Fellow of the American College of Physicians(FACP)
  • Fellow of the American Heart Association(FAHA)
  • Fellow of the American College of Cardiology(FACC)
  • Fellow of the European Society of Cardiology(FESC)
  • Fellow of the Society of Cardiovascular Computed Tomography(FSCCT)

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